AI秘書が農業を変える
「課題だらけ」の現場から生まれたDXへの挑戦!
2024年10月17日に開催された「ifLink EXPO」では、IoTサービスのビジネス共創をテーマに、開発者とユーザーが一堂に会した。このイベントでは、作り⼿と使い⼿が、ifLinkで安・迅・短で共創する「人が使いたくなるIoTサービス」のビジネス共創ストーリーやそこから生まれた具体的な製品・サービスが紹介された。共創ステージでは、事業化に向けて取り組む会員企業による成果「共創ストーリー」の発表が行われた。中でも注目を集めた「農業DX~農家が育てるAI秘書~」がifLink賞を受賞した。本記事ではこの取り組みについて紹介する。
受賞者(左から):京セラ株式会社 研究開発本部 通信ビジネスソリューション研究開発部 梅原 正教/いちごポタジェ株式会社 代表取締役社長 田口 沙緒理/(写真なし)いちごポタジェ株式会社 河野 史弥
人手不足がもたらした革新的発想
「なにか課題はありますか?」「課題だらけです」
九州宮崎県でフルーツを生産する農業法人「いちごポタジェ」の田口氏は、ifLinkオープンコミュニティへの加入をきっかけに、農業現場の課題解決に向けた新たな一歩を踏み出した。その出発点となったのは、京セラの梅原氏との偶然の出会いだった。
当初、梅原氏から「なにか課題はありますか?」と問われた田口氏は、「課題だらけです」と答えた。虫や病気との戦い、複雑な薬剤管理、自然災害、人手不足など、農業現場には課題が山積していたのだ。
梅原氏の現地調査の結果、最も深刻な問題は人手不足であることが判明した。現場責任者への業務集中は著しく、人件費高騰と人口減少の中で単純な増員は難しい。そこで浮かんだのが農園運営に特化した「AI秘書」というアイデアだったという。
AI秘書は、農園独自のサポートシステムとして機能するアプリケーションのこと。作業記録や農薬管理、レコメンドやアラートといった基本機能に加え、各農園の特性に合わせた育成が可能な点が特徴だ。農園管理者の経験と勘を学習し、トレースできることが重要なポイントとなる。
人力MVPで実現したアイデアの具現化
AI秘書を実際に開発する前に、その効果を確かめるため、AI秘書の機能を人力で再現する「アグリコンシェルジュ(仮)」の実証実験を行うことにした。具体的には、朝6時の天気情報、作業記録をクラウドに保存、適切なタイミングでのレコメンドなどを、LINEを使って人力で行ったのである。2週間にわたるこの実験には、いちごポタジェの管理者と現場責任者、そして京セラのメンバーが参加した。
実験の結果は予想以上のものだった。このア プリケーションの指示により、現場責任者は「さまざまな作業を細かく記録するようになった」という。その結果、管理者は「後から作業内容が確認できるようになった」という。さらに、現場責任者と管理者の双方から「このサービスが実現したら導入したい」という声が上がり、市場性も確認できた
この取り組みが多くの共感を呼んだ要因として、現場の切実なニーズに基づいていることが大きい。高額な投資を必要とせず、既存のツール(LINE)を活用していることも、多くの農業従事者の共感を得た理由だろう。また、農業特有の「経験と勘」をAIに学習させるという発想や、若手農業従事者の支援につながる可能性も、大きな反響を呼んだ。
特に、日々の細やかな改善の積み重ねが大きな効果を生むという点が、多くの農業従事者の心に響いたという。効果を金額に換算すると、おおよそ人件費1人分に相当するという試算結果も、説得力のある数字として受け止められた。
▶ツールの利用がそのままAI秘書の成長につながる
▶高額な投資を必要とせず、既存ツール(LINE)を活用
▶導入効果の見込みは人件費1人分
超初心者AIを第1次産業のGame Changerへ
克服すべき課題
現状のAI秘書は、農業運営に携わったことのある“超初心者”レベルだと梅原氏は評する。今後は、タイムマネジメントや人脈形成といったスキルを身につけ、様々なツールと連携しながら成長させていく必要があるという。
プロダクトマーケットフィットの獲得、ビジネス機構の構築、ローンチ、スケール化と、まだまだ多くの壁が待ち受けている。特に、農業特有の環境変数(天候、土壌条件、地域特性など)をどのようにAIに学習させるかは大きな課題となるだろう。
また、個人情報保護やデータセキュリティの問題も無視できない。農家の経験や勘は、いわば知的財産であり、これをどのように保護しながらAIに学習させるかは慎重に検討する必要がある
日本の農業を変える可能性
日本の食料自給率は38%、農業従事者の平均年齢は68歳と、農業は深刻な問題に直面している。一方で、20代前半の若者が農業に携わりたいと希望するケースもある。彼らのやる気は大きな力になる可能性が高いが、現実としてはスキルや経験が不足しがちである
AI秘書を活用した若手農業従事者への支援は、日本の農業の未来を切り開く可能性を秘めている。経験豊富な農業従事者の知恵が、AIを通じてこれからの担い手に伝承されていく。これにより、技術継承の問題も解決できるかもしれない。また、地域の農業が持続するために必要な仕組みづくりを進めることで、次世代の農業基盤を確立することが期待されている。
この取り組みは、農業だけでなく、日本の第一次産業全体にも適用できるだろう。漁業や林業など、他の第一次産業でも同様の課題を抱えているからだ。
農業DXの未来像
田口氏と梅原氏のチームは、「日本の第一次産業のゲームチェンジを狙い、本気でソリューション作りに取り組んでいく」と語る。現場の切実なニーズから生まれたアイデアだからこそ、彼らの挑戦は多くの共感を呼んでいるのだ。この共感こそが、さらなるイノベーションを生み出す原動力となる。
今回の取り組みは、農業のDXが必ずしも高額な投資を必要としないことを示した。むしろ、日々の小さな改善の積み重ねこそが大きな変革につながるという可能性を明らかにしたのである。さらに、農業におけるサステナブルインフラの実現を目指すことで、持続可能な発展と地域社会の活性化を同時に達成する道が開かれる。
現場のニーズを丁寧に拾い上げ、それを技術で解決していく。そのプロセスに多くの人が共感し、参加することで、日本の農業、そして第一次産業全体に大きな変革がもたらされる可能性が示されたのだ。
従来デジタルとは縁遠いとされてきた農業に、最先端技術を取り入れる試みが、日本の農業の未来を明るく照らし始めているのである。
このプロジェクトの成功には、ifLinkオープンコミュニティが大きく貢献している。コミュニティ内の「事業出口ブーストタスクフォース」というプロジェクトで行われた壁打ちセッションで、多角的な視点からアドバイスを得られたことが、ビジネスモデルの洗練につながった。
ifLinkオープンコミュニティが提唱する「場としての価値」—出会いの場、試行の場、起業の場—がまさに体現された形だと、チームは評価している。この「場」があったからこそ、異なる背景を持つ二人が出会い、アイデアを形にし、さらにそれを洗練させることができたのだ。
現場調査の様子